スバルショップ三河安城の最新情報。スバリズムレポート第1弾「事故の歴史と教訓〜技術発達の陰にある、多大な犠牲と血の教訓〜」鉄道編| 2018年3月24日更新

 

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ユナイテッド航空232便不時着事故〜御巣鷹の教訓が最悪の事態から人命を救う〜 >>1989年7月19日 米国アイオワ州

ユナイテッド航空232便不時着事故。

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事故機の飛行経路。右上の▲印でエンジンが破損。迷走しつつ、着陸体制に入った。
By NTSB (NTSB accident report) [Public domain], via Wikimedia Commons

ユナイテッド航空が運行するマクドネル・ダグラス製の旅客機DC-10が起こした、1989年7月19日の不時着事故。この事故は、先の123便の事故事例を徹底的に研究していた非番のパイロットの尽力により、墜落を免れた事例です。この事故は、事故の教訓を活かすことの大切さを私たちに教えてくれます。

乗客285名、乗員11人を乗せたユナイテッド航空232便はコロラド州デンバーを14時9分に離陸、シカゴ・オヘア国際空港を目指していました。通常通りに予定高度37,000ftに到達し、ここでオートパイロットをセット。232便は順調に巡航に入ります。

ところが、離陸から約1時間後の15時16分10秒。乗員は大きな爆発音に驚きます。続いて、機体は激しく振動を始めます。計器類を確認すると、第2エンジンに異常あると特定。直ちに、オートパイロットを解除し、機長は各部のチェックを指示します。すると、機関士が油圧計と油量計がゼロを示していることを発見。続いて、副操縦士が機体が右旋回で降下中であり、制御不能に陥っていることを報告します。

事態は、既に絶望的でした。第2エンジンのタービンブレードが破砕して吹き飛び、機体構造部分を貫通。その結果、油圧系統はすべてロストしていたのです。123便と同様に、機体制御は極めて困難でした。機長が第1エンジンの推力を下げると、機体は徐々に水平を回復し始めます。15時20分、クルーはミネアポリスの航空管制センターに無線連絡、スー・ゲートウェイ空港への緊急着陸へ向けた進路誘導を要請します。同25分には、救難信号を発信しています。

 

油圧を失って、操舵不能に。

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着陸直前に撮影された事故期の状況。赤色で示された部分が破損している。
By NTSB with highlights added by Anynobody (talk) 03:20, 16 April 2009 (UTC) (NTSB) [Public domain], via Wikimedia Commons

たまたま232便に乗り合わせていた、DC-10の訓練審査官の資格をもつ非番の機長デニス・E・フィッチが、客室乗務員に対し協力を申し出ます。

コックピットに呼ばれた彼は、機長から状況の説明を受けます。この時、機体は操縦桿を左に一杯に切った状態で、右旋回をしていました。機体を制御する手段をすべて失った旨の報告を受けると、フィッチは客室窓から外部損傷の確認と操縦翼面が動作しているか確認するため、客室に戻ります。フィッチが見たところ、主操縦翼面が動作していませんでした。

フィッチはスロットルレバーの後ろに跪き、そこで推力調整による機体制御を試みます。これにより、機長、副操縦士のワークロードが低減されました。操縦翼面は、左右非対称の位置で固定されていたため、機体は常に右旋回する傾向があり、クルーたちは左右の推力を非対称にすることで機体の安定を取り戻そうとします。

15時32分、機長は速やかな不時着への備えを客室乗務員に指示。滑走路にたどり着けず、不時着する可能性もあることを伝えます。さらに、機長は緊急着陸に備えて様々な情報を収集します。同35分、燃料を急速投棄。同48分、重力を用いた予備の方法でランディングギアをセット。フィッチは航空機関士席に移って、スロットル操作を継続します。

 

着陸寸前に、姿勢を乱す。

同51分、管制官は空港北21マイル地点にいることを告げ、旋回を緩めることを求めます。これは市街地上空を避けるためでした。さらに数秒後、方位180度への旋回を求めます。同55分には、機内放送で4分後の着陸が伝えられます。

当初、管制官は滑走路31への着陸を想定していましたが、機長はそれは困難と考え、ほぼ正対していた滑走路22への着陸を決断します。

同59分時点での、スー・ゲートウェイ空港の天候は視程24km、風は360度の方向から14ノットでした。進入中もフィッティは細かくスロットルを調整し続けます。

同59分44秒には、対地接近警報装置が作動、大きすぎる降下率を警告します。着地20秒前、速度398km/h、降下率1620ft/m。完全ではないものの、機体はある程度制御されていました。

ところが、着地寸前で右主翼が急激に下がり、同時に機首も下がり始めます。機体は滑走路22の終端、やや左に接地。右主翼翼端が地面に接触、続いて右エンジンと右主翼が接地。右エンジンは、爆発炎上します。機体は滑走路右にスライドし、右主翼と機体尾部が分離してしまいます。残された機体は炎上し、横転の衝撃で分解していったのち、停止。機体中央部は裏返しになって、炎上し続けました。

 

123便の教訓が生かされ、助かった命。

分解した機体が、背の高いトウモロコシ畑の中に入ったため、救助には空からの援助が必要となります。胴体は、接地の衝撃で5つに分離。機体前部と後部は損傷が激しく、その多くが死亡。機体中央部は、その後方が主翼の火災にさらされたため、煙による窒息者が多く出ました。

激しく損壊したコックピットは絶望視され、救援は後回しにされますが、奇跡的に乗員4人が救出されています。

乗員乗客296名中110名が死亡。これだけの絶望的な状況にも関わらず、生存者がいたことが、既に奇跡です。クルーたちの懸命の努力が結実した結果と言えるでしょう。

この後、数件の機体尾部喪失や操縦翼の失効などのインシデントが発生していますが、いくつかの事例では着陸を成功させています。123便も、早期に損傷を把握できていたならば、状況は違っていたのかも知れません。

 

中華航空140便墜落事故〜自動操縦システムとパイロット操作の競合〜 >>1994年4月26日 愛知県 現県営名古屋空港内

中華航空140便墜落事故。

1994年4月26日に発生した名古屋空港で発生した、中華航空140便墜落事故は自動操縦装置の異常動作に起因するもので、自動操縦に関する多くの課題を私たちに突きつけました。

20時16分、中華航空140便(エアバスA300-600R)は台北空港を発って名古屋空港に着陸進入中に失速。滑走路東側に墜落、炎上します。この事故で乗員乗客271名中264名が死亡しました。生存者は、すべて主翼桁上に着席していた乗客でした。

140便は副操縦士による手動操縦でのILS(計器誘導)進入で着陸態勢に入っていました。140便は順調にILS進入を継続していましたが、同14分05秒、副操縦士が誤ってゴー・レバー(ゴー・アラウンドや離陸開始時に推力最大にするレバー)を操作したため、ゴー・アラウンド・モードになって推力が増加。機体は推力が増したために、正規の降下経路から浮揚してしまいます。

機長は、副操縦士に対して、ゴー・レバーの解除を指示。さらに、副操縦士に対し上にズレた降下経路の修正を指示します。副操縦士は、操縦桿を機首下げ方向に操作。それに加えて、自動操縦で本来の着陸高度に戻すために、副操縦士はオートパイロットを作動させます。しかし、ゴー・レバーはそのままだったため、ゴー・アラウンド・モードは解除されておらず、自動操縦のコンピュータは意に反して、ゴー・アラウンドをするため高度を上げようとします。

 

自動操縦の反抗により、制御不能に。

操縦桿の操作によって、昇降舵は機首下げ方向に動作。これに対し、水平尾翼はコンピュータによって機首下げ方向に限界まで作動。この時、機首下げの効果が若干上回ったために、機体は降下を始めます。同14分50秒頃、オートパイロットをオフにします。

機体は機首上げを起こし迎角が増加したことで、同14分57秒過ぎに失速防止装置が作動。推力が一気に増加し、さらに機首上げが強くなります。同15分03秒、機長が操縦を代わるも機首角は10度以上に達します。機長は、15分14秒頃に着陸を断念。管制官にゴー・アラウンドを通報します。しかし、水平尾翼は機首上げに限界まで作動していたため、昇降舵を戻したことで機体は急上昇。機首角が53度に達したことで、失速。同15分45秒、墜落に至ります。

 

自動操縦とヒューマンエラー。

直接的な墜落原因は、自動操縦と手動操縦の競合にあります。当時のエアバスの設計では、自動操縦を手動操縦がオーバーライドできる設計にはなっていなかったのです。また、そうした場合に特別な警告もありませんでした。また、ゴー・レバーが誤って作動しかねない機構だった点も見逃せません。

その一方で、クルーが機体システムについて理解が不十分だったことは、厳しく指摘されるでしょう。ただ、極度の緊張状態ではヒューマンエラーは起こりうるものであり、こうした状況下においても正しくシステムが作動するよう、十分に考慮されねばなりません。

ヒューマンエラーと自動操縦の欠陥、そのどちらが起こり得るものです。その上で、人間とコンピュータのどちらを優先すべきなのでしょう。現時点では、人間の最終判断を優先すべき、というのが工学分野における共通認識です。そのため、操縦ミスや判断ミスによる事故は、回避することはできないのが現状です。

 

ハドソン川の奇跡〜迅速かつ的確な判断による、奇跡の生還劇〜 >>2009年1月15日 アメリカ合衆国ニューヨーク市ハドソン川

USエアウェイズ1549便不時着水事故。

Plane crash into Hudson River (crop)
1549便が、不時着水を敢行した直後の状態。迅速な避難が既に始まっている。
By Greg L [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

「ハドソン川の奇跡」と呼ばれたこの事故は、2009年1月15日に発生したUSエアウェイズ1549便のエアバスA320が極寒のハドソン川に不時着水したものです。チェズレイ・サレンバーガー機長とジェフリー・B・スカイルズの2名のクルーは、その勇敢かつ冷静な判断が乗員乗客全員の命を救ったとして、全世界で高く賞賛されました。この事故は、のちに映画化されています。

1549便は、ニューヨーク州のラガーディア空港を離陸直後に、不幸にもカナダガンの群れに遭遇。この際、左右2機のエンジンに成鳥(4kg)が複数飛び込み、コンプレッサに致命的なダメージを負ってしまいます。これで、右エンジンは完全に沈黙、左エンジンは推力は失ったものの、気流で何とか回転だけは維持していました。

航空機の離陸直後は速度・高度ともに低いために、パイロットに与えられた時間は僅かしかありません。ほんの些細な判断ミスは、文字通り「命取り」となります。サレンバーガーは即座に操縦を交代、空港管制に非常事態を宣言。副操縦士に、手順通りの異常確認を実施させます。手順とは違うものの、直ちにAPU(補助動力装置)を起動。機体設備への給電を確保します。当初機長はラガーディア空港か、進行方向にあったテターボロ空港えの着陸を目指します。しかし、それには高度・速度がギリギリ。もし、着陸に失敗すると市街地に機体を墜落させてしまい、甚大な被害が生じてしまいます。機長は、ハドソン川への緊急着水を宣言します。高度を下げる1549便は、空港管制のレーダーから消失してしまいます。そこで、周囲の航空機に対し1549便に対する支援を要請しています。

サレンバーガーは、趣味のグラインダーで使うフォワードスリップというテクニックを使って、高度・速度を落としていきます。

 

フライドチキンの味は、如何に。

ジョージ・ワシントン・ブリッジをギリギリで回避すると、さらに高度を下げていきます。異常発生から3分後、サレンバーガーは大きなエアバス機を約270km/hで滑るように着水させることに成功。着水時に機体姿勢がほぼ水平だったため、翼端が水面に接触したことによる機体分解も回避されます。ただ、機体尾部に損傷があったために、直ちに浸水も始まります。

客室乗務員の適確な誘導により、乗客は前部ドアから直ちに避難を開始。客室乗務員は、機内から救命胴衣と毛布を回収して、乗客に配布。氷点下6度という極寒にも、適確に対処します。機長は浸水が始まっていた機内に2度確認に向かい、全員の避難が確認した後に機外へ脱出します。機体は、約1時間後に水没。後に引き上げられ、厳重な調査が行われています。

勇敢な機長として様々な表彰を受けたサレンバーガー機長は、2009年1月17日のオバマ大統領の就任式に招待されています。その前夜、ディナーに選んだのは、レストラン・ハドソンの「フライドチキン」でした。

 

血の教訓を、未来へ。

今回の文中に記載されたすべての事故の犠牲者は、のべ3,962名にのぼります。この場を借りて、すべての犠牲者の方々に対し、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

鉄道、船舶、航空の各分野では、新たな歴史のページをめくるたびに、数多くの凄惨な事故を引き起こしてきました。その度に、人類は原因を分析し、理解し、これを血の教訓として記録してきました。そして、事故の再発防止を誓うとともに、また一歩時代を進めてきたのです。しかし、これは20世紀の常識に過ぎません。今や、時代は変わったのです。

たくさんのかけがえのない命と引き換えに、学んだ血の教訓。私たちは、これを失ってはいけないのです。皆さんのご記憶のいつか何処かで、今回のレポートがお役に立つことを願っています。

 

筆/文責:スバルショップ三河安城和泉店 営業:余語

 

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