「自動ブレーキ」という言葉と、問われるエンジニアの善意。 [2019年01月06日更新]
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世界の期待を一身に集める、自動運転技術。
昨今話題となっている「CASE」とは、Connectivity(つながる化)、Autonomous(自動運転)、Shared(共同所有)、Electric(電動化)の略であり、今後数十年の自動車産業の一大変革の象徴的な言葉と言えるでしょう。
この中で、もっとも世界の期待を集めているのが、自動運転技術です。移動成約者や高齢者に、移動の自由をもたらすと言われる、革新的技術の進展に向けて、世界各国のあらゆる業界が熾烈な開発競争を演じています。
ただ、ここでもっとも重要なことは「安全は常に第一」か、という問題です。残念ながら、この革新的な新技術を原因とする死亡事故は、将来的に必ずや発生することでしょう。しかし、それは許されることなのでしょうか?
夥しい犠牲とともに発展した20世紀と、それが許されない21世紀。
詳しくは別項に譲りますが、人類は技術の発展に際して、夥しい犠牲を払ってきました。今では、乗用車より安全とされる航空機ですが、50年前は連日のように世界各地で墜落事故が起きていました。しかし、人類はその犠牲を「進化の代償」として受け入れてきたのです。
一方で、それは「対岸の火事」だから使える表現であって、当事者や遺族の方々には、決して受け入れられない犠牲であるのは間違いありません。亡くなった人は、二度と帰って来ません。
人命に直接関わる技術は、十分慎重な実験と実証を終えるまで、決して市販をしてはならないのです。ただ、20世紀に於いては、人命よりも技術発展に重きが置かれきた、そうした世紀であったのは異論を待たないでしょう。
昨年、米国で起きたUberによる公道実験中の死亡事故は大きな話題となり、多くのメーカーが公道実験を一時中止する事態になりました。つまるところ、それは企業側が自らの「善意」の中で犠牲を良しとしない、そういう時代に変わったという証左でもあります。21世紀に於いては、進化の代償は決して許容され得ないのです。
緊急回避をドライバーに委ねる、レベル3の問題点。
自動運転技術は、自動化レベルに応じて分類されます。現在実用化されているのは、制限付きのレベル2。その制限とは、自動車専用道路。つまり、歩行者や対向車、交差点が存在しない環境に限られています。
自動車専用道路であれば、例え混雑していても、先行車に追従走行することで一定の安全は確保されます。ただ、それは自律運転とは異なります。あくまで、先行車に頼らねばならないからです。
レベル3は、一定の条件下では自律走行をするものの、緊急事態に於いてはドライバーが全責任を負うシステムです。レベル3の問題は、緊急回避(つまり、生存に関わる選択)をドライバーに行わせるという、この一点に集約されます。
スマホで遊んでいたドライバーが、突然のアラームでやおらハンドルを握ったとして、果たして何ができるでしょう。突然の死まで、残り1秒以下。走馬灯を巡らせる時間さえ残されていないかも知れません。
問われるのは、エンジニアの良識。
本書では、著者自らの経験に基づき、エンジニアのあるべき姿、あるべき考え方について詳述
されている。エンジニアを志す方、現エンジニアの方は必読の一冊。
このところ、いくつかの自動車メーカーが、自動運転技術の拙速な進化に慎重な姿勢を見せるようになってきました。レベル3は市販化せず、レベル4(緊急回避もシステムが自動で行う)の技術確立を待つとしているのです。
これは、いたずらな進化に歯止めを掛け、安全を第一義とすべしとの考えがあってのことです。レベル4の実用化は早くて2025年と言われており、自動運転技術の実用化が遅れるのは間違いありません。
ただ、すべてのメーカーに善意があるかと言われれば、そうではありません。世界初の称号を欲し、これを機会に莫大な収益を上げようとするメーカーは、必ず現れることでしょう。それは、資本主義経済に於いては仕方のないことです。株主の承認のもと、研究開発・設備投資と莫大な資金を投じたからには、これを利益として回収せねばならないのは、企業の責任だからです。
ただ、そこで問われるのが、「エンジニアの良識」です。
エンジニアの責務とは?
エンジニアの責務とは、技術の発展によって世界人類の発展・幸福に貢献することにあります。この根本を逸脱し、利益史上主義に屈すれば、世界は直ちに危機に陥ることでしょう。
例えば、製薬メーカーが新薬を開発し、これでしか治療できないウイルスを散布すれば、莫大な利益を挙げるのは間違いありません。しかし、こういった事は起こりません。エンジニアの良識があるからです。
自動運転技術も同様です。世界初の自動運転車は衆目を集め、莫大な利益をもたらすかも知れません。ただ、拙速な市販化は必ずや重大事故を引き起こすことでしょう。だからこそ、エンジニアは拙速な市販化を急がず、技術の進展と確立に努力を続けているのです。
今この瞬間にも、自動運転の開発現場には、経営陣や営業から早期開発・早期市販への厳しいプレッシャーが課せられていることでしょう。ただ、技術が未熟であり、リスクが伴うのなら、「徹底抗戦」をせねばなりません。それは、エンジニアの果たすべき責務なのです。
しかし、エンジニアもサラリーマンです。度を越えたプレッシャーが「見切り発車」に至る、そういった憂慮すべき事態が、世界の何処かで起こる可能性があります。
自動ブレーキといった、誤解を助長する表現の禁止。
国土交通省の先進安全自動車推進検討委員会は2018年11月、レベル1、レベル2の自動運転技術を搭載した車両について、消費者の過信や誤解を生みかねない表現を慎むべしとの方策を発表。これにより、長年使用されてきた「自動ブレーキ」「自動運転」「ぶつからない」といった、過信を助長する文言は一切使用禁止となりました。
数年前、日産のTVCFにこのようなものがありました。娘が、母親に問います。「お母さん、気をつけてね?」そこに、こう答えるのです。「平気、平気。クルマが気を付けてるから。」と。
この内容では、ユーザーをミスリードしようという悪意があると疑われても仕方ないでしょう。なぜなら、「平気」なはずが無いのです。レベル2以下の自動運転機能では、リスクの完全排除は不可能だからです。ここに、エンジニアの善意は働かなかったのでしょうか?
その日産は、国土交通省の方針変更を受けて、新たなる言葉を編み出しました。それが、「緊急ブレーキ」です。日産には、安全を第一義の考えは無いのでしょうか。。。
レベル3の認可に問題は無いのか。
一方で、日本の警察庁はレベル3の認可に向けて、法改正の検討を進めています。これを機会に、自動運転技術の国際競争力を一気に高めようという国家戦略の一環でもあります。ただ、この規制緩和が、新たな「進化の代償」を生む原因となることは無いのでしょうか。
ここで重要なことは、ドライバー全員が善意を持っていると限らない、という点です。旅客機や鉄道が、専門教育を受けたプロの操縦者によって運行されるのに対し、自動運転車を運転するのは「素人」です。「自動運転車」だと言って、運転席に居眠りしたり、足をダッシュボードの上に載せたりすれば、レベル3車両では絶対に事故は免れないのです。
確実に安全に注釈が付くレベル3車両ですが、これを市販するか否かはメーカーに委ねられています。市販に際して、国交省の認可を受けるだけの技術を実証することは不可能ではないでしょう。しかし、実際の道路では、様々なことが起こります。それを鑑みて、機能を制限するか否かは、エンジニアの善意に掛かっているのです。