止まらない、クルマの高価格化。その戦略は本当に「三方良し」なのか。 [2020年01月27日更新]
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クルマの高価格化が止まらない。消費者は、それを本当に望んでいるのか?
自動車の高価格化が、止まりません。一体、誰が望んだのでしょうか?軽自動車の新車予算は、150万円を軽く突破し、200万円目前にまで迫っています。乗用車も同様の傾向にあり、排気量1L:100万円なんて時代は遥か昔。今や1L:150万円以上にまで上昇しています。
例えば、1994年時の「インプレッサWRX STIバージョン」は、新車価格277.8万円。しかし、2019年には、393.8万円にまで増加しています。WRX STIの場合、エンジンは進化しているものの、基本的なメカニズムは同じままです。一体何が理由で、120万円も値上がりしたのでしょうか?
この30年間、消費者物価も平均所得(つまり、人件費と可処分所得)も、大して変化していません。にも関わらず、自動車の価格は1.5倍にもなっているのです。自動車離れが深刻なのは、当然のことでしょう。買いたくても、買えないのですから。
自動車の価格が高騰する理由は、自動車本体でも、物価の上昇でもなく、追加装備にあります。アレや、コレやと、やたらと装備が増えていくため、これらが結局価格を押し上げてしまうのです。ただ、その装備品は全部消費者の望んだものなのでしょうか?
もし、価格と価値について、消費者とメーカーの間にズレがあったとしたら、クルマが売れるはずもありません。
ピラミッド状を成す所得額。高価格化すれば、当然販売台数は減少する。
マツダを筆頭に、高価値ブランド戦略に邁進するメーカーが増えています。プレミアムブランドは、一見高利益体質を維持できるため、メーカーには魅力的な戦略に映るようです。しかし、それは果たして正しい戦略なのでしょうか?
マツダは、苦戦を始めています。レクサスも、トヨタが想定した通りには成長できていません。スバルも価格上昇に反比例するように、国内販売台数が低下しています。その原因は何処にあるのでしょうか?
国民の所得額は、ピラミッド状を成しています。所得額が増えるほど、世帯数は減少していく構造です。つまり、プレミアムブランドのクルマを購入可能な世帯数は、そもそも少ないのです。車両価格が上昇するほど、購入可能な世帯数は減少していくのです。ですから、販売台数が減るのは当然のことなのです。その上、少ないパイを奪い合うのですから、苦戦するのは当然でしょう。
加えて言えば、高価格化は既存ユーザー離れをも誘発します。10年前にデミオを購入したユーザーは、45万円も値上がりしたマツダ2を購入するでしょうか?
購入目的がセカンドカーだとすれば、マツダ2はチョイノリには高過ぎます。デミオでもギリギリという方ならば、もう二度とマツダに足を運ぶことはないでしょう。万が一、代わりに軽を購入してくれたとして、ユーザーからすれば「屈辱のステップダウン」です。そのユーザーは、心から満足しているでしょうか?
高価格化は、新たな需要を開拓するでしょう。しかし、その一方で一定の需要を確実に切り捨てることになるのです。
高価格化すればする程、消費者のメーカーに対する要求は厳しくなる。
消費者は、価格が上がれば上がるほど、値段相応の満足を求めます。
街の寿司店より、高級寿司店の方が美味しくて当然です。逆に言えば、高級寿司店の味が大して変わらなかったり、接客が悪かったりすれば、満足度は街の寿司店より寧ろ低くなります。こんな高い店、二度と行くまい。そう思うことでしょう。
一方で、街の寿司店が、高級寿司店に転換しようと思っても、そう簡単にはいきません。相当上等かつ「通を唸らせる」ネタが必要でしょうし、念入りな仕込みとハイレベルな調理技術が必須です。鮮度を考慮すれば、ネタの廃棄率が増えることも覚悟せねばならないでしょう。また、価格帯が上昇すれば、来店数は確実に少なくなります。販売価格が上昇しても、利益が簡単に増える訳ではないのです。
街の寿司店は、一朝一夕には高級寿司店にはなれないのです。クルマもまた、然りです。
300万円のクルマでは我慢できる事でも、400万円のクルマでは我慢してもらえません。自動車メーカーが、この価格帯に相応しいレベルを目指そうとすれば、開発コストと生産原価が上昇するのは避けられません。また、ブランド全体で高価格化を目指すのなら、マツダのように店舗設備のグレードアップも必須です。一方で、些細な異音や対応の綻びも厳しく指摘されるようになりますから、ディーラーでの対策費は増加します。
ブランドの高価格化はすべてのコストを、際限なく上昇させていくのです。
高価格化に伴う過度の品質要求が、サプライチェーン全体を疲弊させる。
日本のメーカーが幾ら努力を積み重ねても、欧州プレミアムブランドには敵いません。彼らには、ヒストリーがあります。「お目が高い」お客様は、ヒストリーを特に重視します。そのヒストリーは「プラシーボ効果」さえもたらすものです。やっぱり、ベンツは違うな、と。BMWは、エンジンがイイ、とか。
ですから、同レベルの完成度では、決して彼らに勝てません。少ないパイを奪い合うのには、完全に役不足力不足です。これを上回る品質が無くては、肩を並べることさえできないのです。新しいヒストリーを作るくらい、圧倒的な品質。メルセデスを震撼させた、初代セルシオはその好例でしょう。
しかし、価格上昇に伴う販売台数減少と要求品質の上昇は、サプライチェーン全体の体力を削ることになります。メーカーが高価格化戦略に走るのは、利益率を高めるため。そのため、部品原価をおいそれと引き上げる訳にはいきません。メーカーにしてみれば、車両価格を値上げしても、原価率が上昇しては、そもそも意味がないのです。
しかし、少ないパイを奪い合うため、価格の上昇に反比例して、販売台数は減少します。販売台数=仕事の数、というのはサプライヤーやディーラーの論理。彼らは、車両価格が上昇しても、その恩恵には預かれません。
現に「トヨタの仕事は欲しいけど、レクサスはやらない。」という中小サプライヤーが増えています。品質要求は「レクサス」基準でも、納入価格は「トヨタ」基準だからです。
そう、プレミアムブランド化によって直近の利益が増加しても、それは束の間喜びに過ぎません。これを実現するために生じる、サプライチェーン全体の体力低下は、大きなツケとなって必ずメーカーに返ってくるはずです。
欲しいクルマが無い!それは、価格と価値の不一致。
さて、皆さんは「欲しいクルマが無い!」とお嘆きでしょうか。消費者に欲しいと思ってもらえるクルマが作れないのなら、自動車産業が衰退していくのは避けられないでしょう。
自動車メーカーは、相当な予算を投じてマーケティングを行っています。そのデータを元に、ブランド戦略を決め、新モデルやモデルチェンジの方向性を定めています。マーケティングも年々高度化していて、消費者動向や趣向もより精細に分析ができているはずです。にも関わらず、欲しいクルマが無い。。。なぜでしょう?
その理由の一つが、価格と価値の不一致です。車両価格と、消費者が感じる価値が見合ってないのです。
現代の乗用車は、既に充分な性能を有しています。走行性能、燃費、実用性、、、極端に不満を覚えることは無いでしょう。例え試乗してみても、その差は極僅か。ジャーナリストには感じられても、消費者では気がつかないレベル。ですから、性能の違いは消費者にとって、さして重要ではありません。今や、性能の差は購入を決定付ける価値とは、なり得ないのです。
そこで、消費者が望むのは差別化です。つまり、「他とは違う何か」です。そして、その「違い」に充分な魅力があるか否か。そこが重要なのです。
ジムニーは総合性能で見れば、ちっとも良いクルマではありません。しかし、納車は依然1年待ちという、空前の大ヒット作となりました。なぜでしょうか?ジムニーを購入する人がすべて、オフロードコースでゴロゴロ転がして走るワケではありません。つまり、性能に魅力を感じたワケではありません。消費者は、ジムニーにしかない、ホンモノ感漂うその佇まい。そこに魅力を感じるのでしょう。市場稀に見る大ヒットは、ジムニーの個性と価格と、消費者の感じる価値が、見事に一致した結果なのです。
クルマは単に差別化するだけではなく、その個性と価格が、消費者の感じる価値と一致していなくてはならないのです。
実用品にはお金をかけない。自動車のコモディティ化は始まっている。
ここ数年、主力車種は実用一辺倒の車種ばかり。RV/ミニバンブーム以降、自動車は乗る面白さよりも、室内空間や荷室の広さなど、便利さを追求するようになりました。でも、それは諸刃の剣でもあります。実用品ならば、寿命が来るまで代替えしないでしょうし、より良いものを購入しようともしないからです。
主力車種は、どんどん低価格モデルに移行しており、ホンダなぞ今やすっかり軽自動車メーカー。モデルチェンジの度に、高価格化していくモデルはそっぽを向かれ、お値打ち感の強い軽自動車モデルに人気が集中してしまっているのです。
結局、平均販売価格が下がれば、利益も減少します。元の木阿弥です。販売台数全体が下がれば、むしろ状況は悪化します。高価格化戦略は、そう簡単には通用しないのです。このままでは、日本の自動車産業はどんどん衰退してしまうことでしょう。
これは、家電が歩んだ道と、まったく同じです。電子レンジを一つ買うにも、アレやコレやと機能が増えている。だから、高い。でも、そんな機能なんて、幾度も使わない。そもそも、電子レンジは「温めたい」時だけ使うもの。それだけで、十分なのです。付加機能は、あっても使わない。ならば、安い方がイイ。すると、メーカーのその開発投資は、すべて無駄になる。利益率は悪化の一途。でも、その開発コストは回収せねばならない。。。悪循環です。
その根幹は、メーカーの考える価値と、消費者の求める価値の不一致にあります。一致しないのなら、どれでも一緒。ならば、安くてイイ。壊れなければ、海外製でも。。。これが、自動車業界が最も恐れるコモディティ化です。
そう、今の日本の自動車業界は、確実にコモディティ化への道を歩んでしまっているのです。
メーカー、社員、消費者、その全てが満足する、企業百年の計の真髄。「三方良し」とは。
このままでは、日本の基幹産業は崩壊してしまいます。未来の自動車産業はどうあるべきなのでしょうか?
まず、第一にするべきは、価格と価値を合致させること。そして、消費者の望む価値を、さらに上回る価値を提供することです。そうすれば、自動車の売れ行きは、自然に伸びていくことでしょう。ユニクロや回転寿司は、その価格よりも明らかに優れた製品・サービスを提供することで成功を収めています。こうした図式は、様々な成功事例に見ることができます。
過度の低価格化は絶対に避けねばなりません。それは、牛丼戦線で起きたのと同じ、過当競争の始まりとなります。もちろん、生産ラインを極端に省人化し、電動化等によって構造を単純化すれば、あっと驚くような価格が実現できるかも知れません。しかし、それでは意味がないのです。自動車産業が日本の基幹産業に位置付けられているのは、その裾野の広さと、雇用人員の多さにあります。もし、自動車産業の雇用総人口が半分になれば、相当の人々が職を失うこととなり、景気は確実に悪化するでしょう。そうすれば、クルマはますます売れなくなります。
事業の基本は「三方良し」です。経営者/株主、消費者、そして社員です。消費者が望む価値を持つ自動車を、消費者が認める価格で販売し、しっかりと利益を確保し、社員に還元する。そうして三方すべてがハッピーになる、それこそが自動車産業のあるべき姿です。
安直な高価格化は、直近の利益率のみを近視眼的に見た、経営者/株主だけが喜ぶ、バランスを欠いた不安定な戦略です。それでは、自動車産業百年の計は成り立たたないのです。