自動車は、どう進化すべきか。 [2023年05月09日更新]

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自動車は、どう進化すべきか。
 
2023年5月9日 激変期に激変しない自動車の不思議。

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自動車は、どう進化すべきか。...

2023年05月09日 スバル

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文責:スバルショップ三河安城 和泉店

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担当:余語

 

鬱積する消費者の不信感、自動車産業はオワコン寸前?

代わり映えしない、値段だけ高くなる、欲しい車がない、旧車の方がよっぽど魅力的、要らない機能ばっかり増える、注文しても納期不明。加えて、各社ディーラーによる車検不正、大手中古車店による詐欺行為。致命的なワードが並ぶ、昨今の自動車業界。100年の栄華を築いてきた自動車も、消費者の不信感の高まりにより、「オワコン」寸前の状況に陥りつつあります。

そもそも、10年前に300万円で買えたクルマが、消費者に何の同意もなく、100万円も値上がりするのはなぜでしょう?その間、消費者物価も、貨幣価値も、平均給与も、殆ど変化がないのです。一方的に、クルマが消費者の手元から遠ざかっていくだけ。今から10年後には、さらに100万円値上がりしているのでしょうか。

OEMは、これで良いと考えているのでしょうか?これで産業が維持できると、そう真剣に考えているのでしょうか?

 

激変を求められて、自動車が激変しないのはなぜか。

残念ながら、自動車産業に前途洋々の間違いのない未来が待っている、と考えている方は少ないでしょう。何しろ、自動車産業始まって以来の激変期と言いつつ、この10年変わったことと言えば、電動化が進んだくらいのこと。クルマに詳しくない方にしてみれば、何が変わったの?というレベル。でも、今変わらなければ、自動車は過当競争という衰退期に突入するのは避けられません。それでは、家電業界の二の舞です。

もう10年近く前に豊田章男氏は予言しました。自動車産業は、海図なき大航海時代に突入すると。当時、あらゆる技術が開発の途上にあり、その実現は目前に控えていました。それら最新技術が実用の暁には、自動車は過去に例がない程に劇的進化が可能になる。もしこの波に乗り遅れれば下剋上もあり得る。そう危機感を顕にしたのです。

しかし、歳月が流れても、自動車産業に激変の兆候は見られません。クルマそのものも、変わったようには全く思えません。

では、なぜそこまで分かっていて、何で何も変わらないのでしょう。その理由は、単純です。どう変わったらイイか、誰にも分からないのです。誰しもが人生でそういう事態に直面したことがあるでしょう。変わらなきゃいけないのは分かる、でも何をどうして、どう変わったら良いか、皆目見当がつかない。自動車産業は、そんな悲しい状況に陥ってしまっているのです。

 

最大の理由は、価値づくりより技術づくりの勘違い。

袋小路に陥った最大の理由は、価値づくりより技術づくりを優先させていることにあります。そもそも、技術は手段に過ぎません。ところが、最新の自動車はまるで自動車技術の博覧会。技術が実現する価値については、全く無頓着なのです。

例えば、昨今流行のインフォテインメントシステム。しかし、大切なのはデカイ液晶モニタではなく、操作性改善と操作時の安全性向上のはず。ところが、エアコンまで画面でタップとなれば、操作性は改善するどころか、寧ろ悪化しています。

目的と手段があべこべになって技術だけが先行し、それを価格に転嫁すれば、価値が変わらないのに価格だけが上昇するので、消費者が「高い」と感じてしまうのは当然でしょう。消費者が求めるのは、最新技術そのものではなく、最新技術から得られる価値です。OEMが、得意気に最新技術を自慢しても、消費者の関心はそこには無いのです。

今、世界各地で旧車が人気を集めているのは、単にノスタルジーといったものではなく、そこに価値が見出されているからでしょう。技術者の思いであったり、荒削りな部分であったり、何か心を揺さぶられるものを感じるからこそ、新車より高額な中古車を求めるのです。旧車には現代の新車にはない、価格を超える価値があるのです。新車も、当然そうあるべきです。そもそも、提供する価値が最新技術に基づく必要など、さらさらないのですが。

 

憎むべき抵抗勢力、けれど彼らは決して間違っていない。

でも、そんなことはマーケティングの基本として、昔からずっと言われていること。じゃぁ、そうと分かっていて、なぜOEMはみすみす誤ちを犯すのでしょう。その原因は、大企業病です。

航空機は鉄板から、アルミ、複合素材へと、順調に進化を遂げたのに、自動車は150年前からずっと鉄板とガラスのまま。こうした、イノベーションを拒絶する理由もまた大企業病に原因があります。

開発部門が全複合材製ボディの導入を求めたとします。すると、まず難色を示すのが、品質管理部門です。そんな画期的な素材を使って10年10万キロを保証できるのか?と。そして、生産技術部門はこう言うでしょう。新規ラインの設置と生産準備に莫大なコストと時間が必要だし、それに安定して生産できる見込みがあるのか、と。そして、調達部門は、莫大な原材料コストと設備投資に顔を真っ青にし、安全設計部門は端から拒否反応を示すはずです。そして、最後の最後は最高経営責任者の最後通告。もし売れなかったら、君責任はどうとるのか?と。

所謂、抵抗勢力というヤツです。でも、彼らだって間違ったことを言っている訳ではありません。企業発展、経営リスクを考えれば、至極当然、至極真っ当な意見です。企業が成長し、カリスマ創業者の手元を離れると、ステークホルダーが指数関数的に増加し、思い切った決断や路線変更は不可能になるのは当然の論理。しかし、これではイノベーションなど、未来永劫不可能です。

 

大企業病に阻まれる、落日の自動車産業。

だからこそ、大企業病は深刻なのです。企業倫理と競争原理が、企業発展と技術進化を阻害し、企業のみならず産業全体の発展を止めてしまう。OEMは企業です。顧客やファンも重要ですが、ステークホルダーに利益分配する責務もあります。夢のクルマを作って、莫大な損失を抱える訳にはいきません。だからと言って、このまま発展を拒否し続ければ、自動車産業はオワコン確定です。豊田章男氏の言う通り、自動車産業は変わらねばならないのです。

日本のGDPの20%を占め、552万人の雇用を抱える自動車産業は、子供たちや若者たちが魅力を感じ、真に発展性に溢れた産業へ生まれ変わらねばなりません。でなければ、持続的成長なぞ夢のまた夢。早晩、持続さえ不可能になるでしょう。そうなっては、日本の落日。真っ赤な夕焼けに、日々未来を憂うことになります。

では、自動車産業はどう生まれ変わるべきなのでしょうか。自動車は、どう進化すべきでしょうか。その答えなしで批判するのは誰にでもできること。否定するなら、代案を示さねばなりません。真っ先に言えることは、自動車が進化するには、土壌たる自動車産業が変わる必要があります。良い作物を育てるにはまず土から、という訳です。ただ、産業そのもの変革するのは、そう容易いことではありません。

 

優秀な人材が真っ先に逃げ出す、深刻な現状。

他人任せに考えるのなら、自動車界にスティーブ・ジョブズが現れるのを待つのが手っ取り早い解決策です。豊田喜一郎、本田宗一郎、中川良一、百瀬晋六等々、現代の日本の自動車産業の基礎を築いたのは、バイタリティとエネルギーに満ちた偉大なる方々でした。もし、この先、この日本に、カリスマ性と実効性を持ち、確実な先見性と広い視野を持つ人物が現れれば、自動車産業にギラリと輝く新たな道を切り拓いてくれることでしょう。

ただ、現実的にその可能性は望み薄でしょう。日本の自動車産業では、優秀な人材ほど離職が進んでいるのが、偽らざる現状。彼らが言うのには、自分が求めるのはエンジニアリングなのに、実際には管理業務ばかり。その上、幾ら実績を挙げても、給与は肩書相当のみ。あり得ない程の閉塞感、このままでは駄目になる。だったら、自ら起業する方が良い。結果的に、OEMはまるで学校。育てる度に、優秀な人材に逃げられる。これでは、イノベーションもあったものではありません。

もちろん、その原因も大企業病です。夢を語る前に、俺の顔色を伺え。勝手に動くな、俺の言うことを黙って聞いていろ。リスクを増やすな、余計な仕事を増やしてくれるな。こんな組織では、何の自己実現もできない。前途ある若者がそう考えるのは、無理からぬことです。

 

究極の自動車とは何か。あるべき姿は何か。

ただ、大企業病を打破することは、モリゾウ氏にさえ叶わなかったこと。自動車産業に最高レベルの権限を有する、あの豊田家の当主であっても、大変革は叶わなかったのです。でも、モリゾウ氏は、そのキッカケ作りをしました。その一つが、都市開発とモビリティ開発の融合を目指す、ウーヴンシティ。そして、それを担う企業体、ウーヴン・バイ・トヨタの設立です。

なぜ、豊田章男氏はウーヴンシティに未来を見たのでしょう。それは、自動車の変革を考えたとき、自動車のあるべき姿を考えたとき、その土壌となる都市と深く融合するべきと考えたからです。これは、非常に重要な視点です。

自動車の未来を考えるとき、最も大切なことは、究極の自動車を考えることです。すべての制限、すべての制約を排除して、究極的な有り様を考える。そうすることで、自動車のあるべき姿が見えてくるのです。

空飛ぶクルマは、未来の一つかも知れません。でも、それは本当に自動車の究極の姿でしょうか。自動車は、あらゆる人々に、移動の自由と喜びを提供するもの。でも、空飛ぶクルマは高額過ぎて、誰にも買えるものにはならないでしょう。それに、そもそも浮上する莫大なエネルギーは、持続可能な社会の成立に真っ向から反するものです。究極の自動車は、もっと誰にでも共通かつ普遍的なものでなくてはならないはずです。

 

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