スバルショップ三河安城の最新情報。スバリズムレポート第3弾「ステルス技術の全貌。」| 2019年1月25日更新

 

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アイアンボールを身に纏い、漆黒の航空機に変身。

A12-flying
 

漆黒の塗装をまとったA-12。撮影された1968年の時点では、垂直尾翼は未塗装のままとなっている。
出典:Wikimedia Commons

エリア51で試験飛行中のA-12は、当初チタン地のままで飛行していました。スカンクワークスのエンジニアが、鉄粉とアスベストを混合したアイアンボールと呼ばれるRAMを発明すると、まずは機体周縁部のみをペイント。その後、A-12は全身をアイアンボールで身を包み、漆黒の機体となります。

1965年3月18日、ホワイトハウスはA-12を用いた偵察作戦ブラックシールドを決定。4機の嘉手納への展開を決めますが、電気系統のトラブル対策に追われ、機体側の準備が整ったのは1966年末。そして、1967年5月17日、6時間6分でエリア51から嘉手納へ飛来。中国・ベトナムの偵察ミッションを開始します。嘉手納に展開した分遣隊の面々は、その姿をハブに例えたために、非公式にはハブの名称で親しまれています。

 
Operation Black Shield Operation Black Shield 2
 

[左]1967年5月31日に実施された、最初のミッション。嘉手納を離陸したA-12は、北ベトナム上空を含め3時間39分飛行し、再び嘉手納に帰投した。出典:CIA
[右]1967年6月30日のミッションで、A-12が撮影したハノイ周辺の画像。80,000ftの高空からでも、恐ろしく鮮明に撮影されているのが分かる。 出典:CIA

1968年5月8日、たった5年で現役を終えたA-12。

Mothballed A-12s
 

短過ぎる生涯を終えたA-12は米国本土に集められ、再起に備えて厳重保管されていた。出典:CIA

A-12のステルス性は、すぐに日本の自衛隊の知る所となります。離陸直後、レーダスコープ上に表示されている「超高速の飛行物体」が、旋回を開始するや否や、たちまちにしてスコープが消えてしまうのです。正体不明の超高速機、A-12はもはやUFOでした。

A-12が現役だったのは、たった5年でしかありません。

その間、A-12はすこぶる好調で、その貢献たるや計り知れないものでした。しかし、CIAが運用するというのが、最大のネックでした。ホワイトハウスは空軍の要求通り、空軍にA-12を導入させることを決定します。

こうして、ブラックシールドと呼ばれたA-12による一連の戦略偵察計画は、1968年5月8日をもって終了。機体は順次、嘉手納を飛び去っていきました。

 
SR-71 & A-12 A-12 types
 

[左]左が空軍型のSR-71、右がCIAのA-12。チャインの膨らみが違う。[右]A-12の派生型。上から、A-12、複座練習機A-12B、迎撃戦闘機YF-12A、空軍型SR-71、空軍練習機SR-71B。出典:CIA

 
A-12 fleet
 

エリア51のエプロンに並んだ、A-12。翼端のみアイアンボールで塗装されている過渡期の姿。なお、エリア51の滑走路は、A-12の運用に際して延長されている。出典:CIA

 
A-12 types SR-71 & A-12
 

[左]酸素供給装置を手にしたパイロット。A-12は80,000ftの高空を飛ぶため、搭乗に際しては綿密な準備が必要。数時間前から純酸素で呼吸し、体内からすべての窒素を追い出さねばならない。
[右]バーバンクで製造された1号機はバラバラにされ、巨大な木枠に箱詰めにされて2日間を掛け運ばれた。邪魔な信号機や交通標識は、勝手に切断。障害となる土手は削って運んだ。出典:CIA

 

空軍型戦略偵察機、SR-71の登場。

IMPREZA STI コンセプトモデル
 

[上]CIAのA-12と、空軍型SR-71の比較。SR-71は太くなったチャインが最大の特徴。出典:CIA
[下]SR-71は80年代に掛けて、数多くの偵察ミッションを実施した。出典:Wikimedia Commons

ケリー・ジョンソンは、A-12の開発作業が続いていた1962年春、空軍に対して複座偵察機型R-12と偵察攻撃機型RS-12を提案。この提案は、戦略偵察は空軍が実施すべきと考えていた空軍上層部の評価するところとなり、1963年2月18日に6機、後に追加で25機を発注します。

SR-71(Strategic Reconnaissance)と命名された空軍型は、本来RS-71(Reconnaissance Strike)と呼ばれる予定でした。ところが、1964年7月24日にジョンソン大統領がその存在を公表する際に「SR-71」と間違って読んだために、慌てて数千ドルの費用を掛けてすべての公文書と図面を訂正。晴れて、正式にSR-71と名乗ることになります。

単座型だった機体は、レーダ士官を乗せるため複座型に修正。燃料搭載量と偵察機材搭載スペース拡大のため、機体全体も大型化しています。

SR-71ブラックバードは、米国本土と嘉手納だけでなく、イギリスにも配備されました。ステルス性能は極秘事項のままだったものの、その存在と目的は公にされました。それ故、各種記録飛行が行われた他、NASAの試験機としても用いられています。

 
SR-71A in flight near Beale AFB 1988
 

1990年、25年の現役生活を終える。

IMPREZA STI コンセプトモデル SR-71 in flight
 

NASAは、YF-12Aを運用して超音速領域の試験を実施した後、空軍より移管されたSR-71を用いて、ソニックブームに関する試験やLASRE(エアロスパイクエンジン)の試験を実施している。
出典:[左]NASA、[右]Wikimedia Commons

 

世界で初めてレーダ反射低減を前提に設計されたSR-71でしたが、そのステルス性は完全ではありませんでした。運用期間中に、撃墜された機体はありませんでしたが、パイロットたちは自らめがけて飛んでくる電柱のような物体を目撃しています。

SR-71は、レーダに捕捉されていたのです。これでは、対空ミサイルの性能向上によって、いつの日か餌食となるのは間違いないことでした。

80年代に偵察衛星の性能が急激に向上すると、多額の運用コストとマンパワーを要するSR-71は予算削減の槍玉に挙げられるようになります。そして、1989年。遂にSR-71全機退役が決定します。

最後の飛行は、1990年3月6日。国立航空宇宙博物館に収蔵される機体を用いて行われた、最後の記録飛行でした。SR-71は、ロサンゼルス~ワシントンDC間をたった1時間7分53.69秒で飛行。大記録を打ち立てたのです。

 

つかの間の現役復帰と、完全退役。

退役から数年、SR-71に現役復帰のチャンスが訪れます。湾岸戦争で、上空からの敵地偵察の重要性を痛感したホワイトハウスが、SR-71による戦略偵察を求めたのです。1994年、米国議会はSR-71復活予算を承認。久方ぶりに、SR-71は現役復帰を果たします。

3年を要した復活作業ですが、その只中の1997年に予算執行停止。SR-71は再び終焉を迎えます。

地球の自転より早く飛ぶ、唯一無二の航空機。SR-71は、こうして数々の伝説を刻み、空を去っていきました。

 

見えている側と、見えていない側。攻撃側を圧倒的優位にするのが、ステルス。

ズムウォルト級駆逐艦
 

米海軍最新鋭のステルス駆逐艦ズムウォルト級。建造費が3500億円と高騰したため、3隻の建造で終了。後継は、何と旧型のアーレイ・バーク級の再生産で賄われることになった。出典:US NAVY

 

正式には低観測性(LO)と呼ばれる、ステルス性。一括りに言えば、敵に被探知されにくい技術と表現できます。ステルスと言っても、レーダに映らねば良いという単純なものではなく、探知する機材の種類に応じて、それぞれに対応するステルス技術が存在します。

ステルスは、多分に攻撃側に利する技術です。防空網は、確実にそこ存在するのですから隠れる意味がありません。空軍のステルスに対する熱心さと、海軍・陸軍とでは温度差があるのは、そのためです。

攻撃する側にとってみれば、相手に気づかれぬうちに攻撃位置に辿り着き、いち早く作戦を実行したい。一方、防衛する側にとってみれば、早期発見・早期撃破が基本です。攻撃位置に付かれる前に、先制攻撃を仕掛けたい。防衛側は、地上・海上・空中に強力なレーダを配して、接近する敵機の早期発見を目指します。

レーダは赤外線や光学センサーより分解能が高く、より遠方で正確に捕捉可能。そのため、地対空ミサイルはレーダ誘導が基本です。イージス艦のSPY-1レーダならば、周囲500kmの目標を探知できると言われており、攻撃側はこの強力な探知から逃れなければなりません。

 

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